国道336号線

起点:北海道浦河郡浦河町→終点:北海道釧路市(234.6km)

●概況

 国道336号線は浦河郡浦河町と釧路市を結ぶ3ケタ国道。地図的には北海道の南岸を進んでいる。原野を行く区間もあれば、海岸線近くの断崖下を行く区間もあるなど道の表情は広尾を境に大きく変わる。北海道の地形の険しさを垣間見ることが出来る国道である。

 歴史をひもとくと、明治時代の(明治)国道四十三号線にまで遡ることができる、歴史のある国道だったりする。

●取材DATA

>>走行日:各項参照

>>走行方向:各項参照

>>レポート記述方向:各項参照

●R336レポート>>R336(1)/R336(2)

 

 

●変遷

 昭和50年(1975年)4月1日:北海道浦河郡浦河町〜北海道釧路市の国道として誕生。

 昭和57年(1982年)4月1日:R236のルート変更により、広尾町〜追分峠〜浦河町間がR336単独区間になる。

 現在に至る。

●歴史

 R336の誕生は昭和50年(1975年)4月のことで比較的歴史の浅い国道であるが、前身を辿って行くと明治時代の国道四十三号線までさかのぼる。明治の北海道開拓期における日勝連絡道路の末裔であるのはR236と同じである。

 R336オリジナル区間(単独区間)として設定されたのは、広尾郡広尾町豊似〜中川郡豊頃町大津〜十勝郡浦幌町吉野間のみ。現在のR336単独区間で『黄金道路』と呼ばれている区間は元々はR236であり、昭和57年(1982年)4月のR236ルート変更によりR336単独区間になったに過ぎない。詳しくは日勝連絡道路の話をご覧いただくとし、ここでは純粋なR336オリジナル区間である広尾郡広尾町〜十勝郡浦幌町間について述べることとする。

●明治国道四十三号線

 江戸時代に開削された「東海岸道南路」(根室街道)は、苫小牧から日高・大津を経て根室に海岸沿いに進む道路であった。この道路は明治18年(1885年)に国道四十三号線に指定された。いわゆる明治国道で、北海道関係では六号線(東京〜青森〜函館)、四二号線(六号線重複〜札幌)、四三号線(六号線・四二号線重複〜根室)の3路線が指定された。この四三号線のは、苫小牧で四二号線から分岐した後、苫小牧〜浦川(浦河?)〜幌泉 (現:えりも町)〜猿留(現:目黒)〜茂寄(現:広尾)〜歴舟〜大津〜尺別〜白糠〜釧路〜昆布森〜厚岸〜浜中〜落石〜根室というルートを辿った。このうちR336と区間が重複するのは浦川より東側の区間となる。

●大津道路

 明治国道になってからは各地で整備が進む。日勝間の道路改良については省略するが、茂寄(現:広尾)から帯広方面には『広尾街道』、 茂寄〜歴舟〜大津間では『大津道路』が建設される。この後者の『大津道路』がR336の先祖ということになる。

 国道四十三号線となっても、茂寄〜歴舟〜大津間は江戸時代に開削された砂浜を歩く海岸路で道路とは言えない状態だった。そのため道路改修工事が開始され、明治35年(1

902年)に海岸から内陸に少し入った台地上に道路が開削された。この道路が『大津道路』で、翌明治36年には長節まで開通する。すでに大津〜芽室間には大津街道が明治26年(1889年)、茂寄(現:広尾)〜幸震〜帯広間には明治31年(1898年)に『広尾街道』が開通していたので、茂寄(現:広尾)〜大津〜帯広〜茂寄で環状道路が形成されたことになる。

 しかし国道(大津道路)とはいえ、区間中には歴舟川や当縁川などの大小の河川や沼などがあったため官営・私設含めていくつかの渡船が設けられていた 。それ故、大津道路経由は時間がかかるルートであったため次第に衰退する。

 明治40年(1907年)に(明治)国道から仮定県道に降格となる。大正時代に入ってからは広尾道路経由が主ルートとなったようで、地方費道帯広浦河線に指定されたりしたが、茂寄〜歴舟〜大津間は地方費道には指定されなかったようである。 その結果、国や道による整備も行われなくなったため道路は荒れていったようだ。地元有志によって砂利が敷かれたりして整備したものの、いつしか廃道状態になってしまった。

 昭和7年(1932年)7月に帯広〜大樹〜広尾間に国鉄広尾線が開業。(*:茂寄村は大正15年(1925年)に広尾村と改称) 鉄路の誕生で渡船を利用して遠回りする大津道路を通って広尾と帯広を行き来する人はほとんどいなくなったのか、大津道路は完全に廃道となったようだ。昭和9年(1934年)に広尾町豊頃(小紋別)に帝国海軍(陸軍という話もある)が不時着飛行場を建設した際に大津道路の一部が供用されたことは、それを裏付けていると言えるだろう。

●大津道路の復活と国道昇格

 大津道路が復活する機会を得たのは大東亜戦争(太平洋戦争)が始まってからであった。昭和18年(1943年)5月にアッツ島守備隊が玉砕、同年7月にキスカ島から撤退すると、北方の守りを強化する必要が出てきた。米軍が上陸しそうな十勝沿岸の海岸には陣地構築が行われることになり、その資材搬入や陣地(主にトーチカ)への物資補給などのルートして、かつての大津道路が注目された。昭和17年〜18年頃に広尾郡大樹町芽武〜中川郡豊頃町長節に至る区間が準地方費道に認定される。

 本格的に道路として復活し始めるのは戦後になってからで、昭和29年(1954年)に広尾町豊似のR236分岐点〜広尾町・大樹町境が広尾町道に認定。昭和32年(1957年)に大樹町芽武〜豊頃町長節のかつての準地方道区間が一般道道に昇格。翌33年には豊頃町旅来(たびこらい)〜十勝郡浦幌町愛牛が豊頃町/浦幌町道(?)に認定される。この区間の豊頃町・浦幌町間は十勝川を渡船で渡るようになっていた。この状態は国道昇格後、平成4年(1992年)まで続いた。

 昭和40年(1965年)には広尾町・大樹町境〜大樹町芽武の大樹町道(?)も含めて、R236分岐点〜大樹町芽武が一般道道に昇格。さらに翌41年には豊頃町旅来〜浦幌町愛牛〜浦幌町吉野間が一般道道に昇格し、前述の2区間と含めて広尾町豊似(R236分岐)〜豊頃町長節〜浦幌町吉野間が一般道道に昇格したことなる。『北海道道路史(V)』には路線名が記載されていないのが、wikiによると、広尾町豊似〜大樹町芽武間がr521(道道美成豊似停車場線)、大樹町芽武〜浦幌町共栄がr299(道道浦幌大樹線)となっていたらしく、全区間が一つの道道ではなかったようだ。

 昭和50年(1975年)4月には、これら道道の一部がR336に昇格した。北海道浦河郡浦河町〜北海道釧路市の国道として誕生しているが、浦河郡浦河町〜広尾郡広尾町豊似まではR236と重複、十勝郡浦幌町〜釧路市まではR38と重複しており、R336単独区間は広尾町豊似(R236分岐)〜浦幌町吉野間(約57km)だけとなる。これは旧大津道路区間の全面的な整備改良を前提としたもので、国道昇格後の経路は海岸よりも3〜7kmほど内陸に移動している。

 ちなみに広尾町豊似(R236分岐)〜浦幌町吉野(R38交差点)間は通称『ナウマン国道』と言われるが、これは道道時代の昭和44年(1969年)に、広尾郡忠類村晩成(現:幕別町忠類晩成)地区の道路開削工事現場の近くから約10万年前のナウマン象の化石骨が発見されたことに由来している。

●旅来渡船

 十勝川の豊頃町旅来(たびこらい)〜十勝郡浦幌町愛牛には渡船が運航されていた。設置されたのは明治37年(1904年)で、当時の国道四十三号線に何カ所もあった渡船の一つであった。旅来渡船は明治40年(1907年)には筏式に変更され、以来十勝川を渡る重要な渡船となった。渡船は昭和に入ってからも存続し、昭和33年(1958年)には町道に指定。昭和41年(1966年)に一般道道に昇格した際は、そのまま渡船も道道に認定された。翌昭和42年には筏から木造船に代わり、昭和43年にはプラスチック船となった。

 昭和50年(1975年)4月に道道浦幌大樹線がR336に昇格すると、渡船もそのまま国道に昇格し、”渡船国道”として北海道開発局の管理となった。他サイトによると、R336旅来渡船は最期まで人力による航行で、乗客を乗せると船頭がロープ(ケーブル?)をつたって船を対岸に移動させるというもの。運行時間は決まっているが、乗客が現れなければ休航となったらしい。

 昭和58年(1983年)に建設開始となった十勝河口橋が平成4年(1992年)11月に竣工したことで、最期の”渡船国道”である旅来渡船は廃止となった。開設以来88年の歴史に幕を下ろしたのである。

●国道336号線

 昭和57年(1982年)4月、R236の浦河郡浦河町〜広尾郡広尾町のルートが野塚岳経由に変更となり、追分峠経由の区間がR336となった。もともとはR236だった区間が、重複していたR336単独区間となったもので、新たにR336単独区間として指定(延長)されたものではない。

 R336誕生後も道路整備は行われた。R236時代から進められていた黄金道路区間の改良工事は、R336になってからも引き続き行われ、昭和61年(1986年)度まで続いた。さらに平成2年(1990年)度からは、幌泉郡えりも町庶野〜広尾郡広尾町ツチウシ間の18.7kmにおいて『襟広防災事業』が開始。トンネルを建設することで、海岸から内陸にルートを移動。平成23年(2011年)2月には”えりも黄金トンネル”(L=4941m)が完成するなど改良が進み、急カーブが続く海岸近くの道路を走るのは過去の話となりつつある。

 平成4年(1992年)からは、十勝郡浦幌町豊北〜浦幌町昆布刈石間の13.1kmの区間において『R336浦幌道路』が事業化された。R336本道から離れて海岸沿いに進む道路で、海岸沿いにあったダート道のバイパスという形で建設が進められている。昆布刈石のr1038(道道直別共栄線)までの建設となっており、r1038まで達した後は、接続するr1038を国道昇格→整備改良するのか、別ルートで道路を作ってR38に接続させるのかは不明。R336のバイパスというよりはR38のバイパスとしての役割が強くなりそうな感じである。

【参考・引用文献】 北海道道路史T〜V 北海道道路史調査会編 平成2年6月刊

国道336号線(1) 北海道浦河郡浦河町〜北海道広尾郡広尾町  
国道336号線(2)

北海道広尾郡広尾町〜北海道十勝郡浦幌町〜北海道釧路市/浦幌道路

 

◆Update:平成24年(2012年)1月 27日

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